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ボロブドゥール

バリ島より飛行機で約1時間のジャワ島にあるこの遺跡は広さが世界最大の仏教遺跡の世界遺産ボロブドゥール遺跡です。 8世紀に作られたと言われ、積み重ねられた切り石と数々のレリーフが刻まれている回廊です。 この見事な遺跡は当初42メートルだった高さが自然災害などで、現在35.29mになってましたが、横幅120mで、世界最大であることは変わりありません。 先物取引にある中正紀念堂は、1975年に死去した初代総統・蒋介石の業績を称えるために建てられた高さ70メートルの建築物であり、紀念館の外観には中華民国の抱く思想が視覚的に反映されている。陳水扁政権時代の「台湾化政策」の流れを受けて、2007年5月に台湾民主紀念館へ改名された。しかし、2007年7月に立法院が台湾民主紀念館組織規程を否決したため中正紀念堂に名称が戻された[1]。 桃園県にある台湾桃園国際空港 (Taiwan Taoyuan International Airport) は中華民国最大の国際空港である。旧名は中華民国の初代総統である蒋介石の本名から取った中正国際空港(英語名は蒋介石の英語表記の略をとってC. K. S. airport、チャイナエアラインの機内放送(日本語)では「蒋介石国際空港」と紹介していた)であったが、2006年9月6日に現在の空港名に改称。 台北101 台北市信義区にある超高層ビル。供用中の超高層建築物としては2008年現在、世界一となる508mの高さを有し、地上101階+地下5階からなる。旧称は「台北国際金融センター(臺北國際金融大樓)」。7年間の工期を経て2004年、それまで世界一だったマレーシア、クアラルンプールのペトロナスツインタワーを超える建築物として竣工した。 道路名 中華民国の道路名は、「中山路」(中山は国父である孫文の字)、「中正路」(中正は初代総統である蒋介石の本名)といった国家指導者の名を冠したものや、「民權路」、「民生路」といった国家の基本思想である三民主義に基づくものが多数を占めている。ただ、21世紀初頭では中華民国の「台湾化」の影響から、台北市の凱達格蘭大道(ケタガラン大道)のように台湾に由来のある道路名も登場してきている(なお、ケタガランは台湾原住民族の名)。 特筆すべき中華民国の文化的な国家制度としては、教育制度と休・祝日制度、中華民国暦制度が挙げられる。また、世界遺産の登録にむけた運動が、官民挙げて進められている。 中華民国は、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)への加盟を認められていないこともあり、世界遺産が一つも登録されていない。しかし、陳水扁政権発足後から、中華民国行政院を中心に世界遺産登録を目指す動きが活発化しており、2003年には世界遺産登録候補地として12か所が選定されている。 FXでは、建国年である1912年を元年とする中華民国暦を西暦と併用している。これらは双方とも太陽暦であるが、民間の年中記事は旧暦で行うものも多く、日常生活では旧暦も併用されている。 中華民国暦は中華民国における行政の公式暦法とされ、一般に誕生年も「民国○年(1911年以前は民国前○年)」生まれと表現され、また民国60年代の場合を「○年級」と表現する方法も使用されている。 中華民国は公的機関において完全週休二日制度が導入されている他、総計で8日の祝日がある。なお、中華民国の祝日の中には旧暦で定められているものもあり、それらの日付は太陽暦では日付が毎年一致していない。 日本語の表記は、中華人民共和国。このほかに、かつて「中共」もしくは「新中国」と称された時代もあった。「中共」は、中国大陸においては中国共産党の略称である。一方、中国大陸の外においては、中華人民共和国が国家であることを認めない人々が「(中国大陸を統治する)中国共産党政権」という意味の俗称として使っていた(この意味による「中共」は、日中国交正常化前の日本社会で使われていたほか、現在でも、国共内戦で中国大陸から台湾に渡った中国国民党などが使っている)。それが、日本において、最初の意味から外れた、単に中華人民共和国の略称と世間的に捉えられ用いられたこともあった。また「新中国」は、主に日中の国交正常化前、つまり中華人民共和国建国後は台湾島を含む一帯を統治している中華民国を日本政府が「中国を代表する正当な政府」としていた時代に、中国共産党を支持する日本人が中華人民共和国を指して使っていたものである。 「中華」は、世界の中心にある、もっとも華やかな文明社会という意味であり、元々は黄河文明発祥の地とされる現在の河南省のあたりを指した言葉であった。因みに中華の華はもともと世界の中心の夏(古代の王朝)という意味の中夏だった[要出典]。また、近代的な概念を表す漢語はほとんど日本製だったこともあり、「人民」「共和国」は和製漢語を使うこととなった。 世界最大の人口を持つ国、中華人民共和国はアジア大陸の東部、太平洋の西海岸に位置し、国土は9,597,000km2でロシアとカナダに次いで世界第3の大きさである。領土は北は漠河以北の黒竜江の中軸線から、南は南沙諸島南端の曾母暗砂まで。東は黒竜江とウスリー川の合流する地点から、西はパミール高原まで広がっている。陸地の国境線は2万2800キロで、東は朝鮮民主主義人民共和国、北はモンゴル、北東はロシア、北西はカザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、西と南西はアフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、シッキム、ブータン、南はミャンマー、ラオス、ベトナムと接し、東部と東南部は韓国、日本、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシアと海を挟んで接している。海岸線は約1万8000キロで、中国大陸の東部は渤海、黄海、東シナ海に、南部は南シナ海に臨んでいる。海域には5400の島が点在し、そのうち最大の島は台湾島。台湾島の北東海域に位置する釣魚島、赤尾島は中国の最東端の島嶼で、中国最南端は南海諸島と呼ばれる島嶼群である。この南海諸島では島嶼、礁(サンゴ礁)、灘(砂浜)が散在しており、これを一括して南海諸島と言う。主要河川として黄河や長江があり、それぞれ黄河文明、長江文明を育んだ自然の恵みでもある。 2004年現在、中華人民共和国の行政区分は23の省(中華民国の領土で、中華人民共和国が実効支配していない台湾省を含む)、5つの自治区、4つの直轄市、および2つの特別行政区から成り立っている。 下の表は行政区域内の人口のうち、郊外の人口は含まずに都市部の人口のみを記載するものとする。人口は2007年に行われた国勢調査によるデータを元にしている。 3000年以上に亘り、幾つもの王朝の興亡を経てきた。漢族の王朝・明が1644年に滅亡し、満州人の清朝が最後の王朝として中原王朝の座を掌握した。だが、阿片戦争(1840年〜1842年)で清朝がイギリスに敗れると植民地化が始まり、日清戦争で日本に敗れたことにより列強による植民地化が進行する。これを契機に、「滅満興漢」をスローガンとした、満州人の支配に対する漢族の革命運動が各地で起こり、その結果、1911年の辛亥革命を契機として翌1912年に中華民国が成立(直後に清朝は消滅)した。なお、中華民国は東アジア初の共和国である。 しかし、その後も日本やイギリス、フランスやドイツなどの列強による中国大陸の局地的な支配が続いた他、軍閥による群雄割拠が続いた上に、統一国家の体をなさない混乱状態がしばらく続いた。また、その後は非漢族居住地たるモンゴル・チベットなどの支配も目論んだが、活発な独立運動が行われた。その後、1930年代の満州国の建国や、その後に発生した日中戦争において中国大陸の多くの部分が日本によって統治されたものの、1945年の第二次世界大戦における日本の敗北によって日本が中国大陸から撤退し、中華民国が連合国(戦勝国)の1国として中国大陸を改めて完全統治する体制が整った。 しかしその後、1930年代から日中戦争をはさんで断続的に行なわれていた国共内戦において、ソビエト連邦からの支援を受けていた中国共産党率いる中国人民解放軍が、第二次世界大戦の終結後にアメリカからの援助が減っていた中国国民党率いる中華民国国軍に対して勝利をおさめ、1949年に共産主義政党による一党独裁国家である中華人民共和国を樹立、翌年までに台湾および福建省の一部島嶼を除く中華民国の統治国土を制圧した。なお、その後中華民国政府は台湾島に遷都し、その後台湾島とこれらの島嶼地域は現在中華民国の統治下にある。